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特別インタビュー

サブちゃん、明治座初見参!今、新たな歴史が始まる!!
芸道50周年を突破、進化し続ける北島三郎!
この夏、熱いステージがあなたを待っている!

北島三郎特別インタビュー
時代と演歌と北島三郎

インタビュー/音楽ジャーナリスト 湯浅明

芸道50年の区切りを終え、新たな一歩を踏み出した北島三郎。今年の座長特別公演の芝居を、『火消し一代 め組の辰五郎』と決めました。なぜなら、「今の日本は、ちょっと冷えて元気がないから、燃えるような男気の辰五郎の威勢のよさをお見せして、一つ頑張ろうよと呼びかけたい」という思いからだとか。

「時代と演歌と北島三郎」について話をうかがいます。

――北島三郎さんとなる前の、大野穣少年の時代は、「うた」をどう捉えていらしたのですか。
とにかく「うた」が好きで、憧れの対象だったよね。だってさ、あのころの流行歌が描く世界は、夢や希望に満ちていたからね。そして、夢が実現して歌手・北島三郎になってもしばらくは、「うた」との距離感や憧れの世界という感覚は変わらなかったなあ。
――ワクワク、ドキドキする世界を「うた」に託して…。
そうだね。俺は歌手を夢見て「うた」と取り組んできた訳だけれど、歌手を目指すわけではなく、「うた」を楽しく聞きながら暮らす多くの人は、「うた」で素晴らしい景色を思い浮かべていたんじゃないかなあ。今は、「うた」が慰めとか励ましというけど、あのころは思い出を作ってくれていたんだよ。

――確かに「うた」は世に連れていましたね。それがどう変わったのでしょうか。
まず、自分が歌うことを仕事としたので、訴えるというか、演じるというか、そういうことをしなくちゃいけなくなったから、「うた」でほのぼのとしていられなくなった(笑)。世の中的には昔と違い遠かった世界が近くなった。距離も時間も。地球の裏のことがすぐわかるし、音楽も同じ。そして世界の音楽を日本人はうまく取り込んだね。ただ、変に変わっちゃったのは、若い人が希望を持ってもすぐ崩されちゃう世の中になったこと。そういう意味で、大きく現実が変わった。ここ20年は特にね。

――ということは、昭和と平成は大違い?
そうなんだよ。昭和に夢を叶え人生を全うした人もいる。それはそれでいいけど、俺は昭和、平成と50年も歌謡界という荒海を泳いで、楽しさと厳しさ、しょっぱさと甘さと、いろいろ味あわせてもらった。
――ずっと北島三郎として泳ぎ続けてきたんですね。
昭和を経て平成の今日まで生かされていることに感謝している。細かいことをいえば、枝葉に変化を求めたこともあったけど、北島三郎としての太い幹は微動だにしなかった。だから、サインを求められる時にも「演歌ひとすじ」と書きます。時代や音楽が変わっても、俺の道はひとすじ。
――では、北島さんがいわれる「演歌」とは?
「演歌」は生活です。海で、山で、畑で、あるいはネオンの街で働いている人の励みになったり、肥やしになったりしている。さまざまな生活に溶け込んでいる「演歌」を歌わせていただいている北島は幸せ者です。

――その確認の場所の一つが劇場公演ですか?
そういえるよね。それと劇場公演で大切なことは、長期の舞台をやれる歌手はそういるわけではないから、来てくださったお客様に、「いっぱいごちそうになって、元気がでたよ」と言っていただける仕事をしなければね。それから、「演歌は暗い世界だと思っていたけれど、思わずノセられてしまったよ。来年は女房や子供も連れてくるよ」とも言ってもらいたいね。
――それを実行し続けて、昨年までに、延べ4,360回の座長公演を重ねられたんですね。
そう。逆にいえば、皆さんに育てられているともいえます(笑)。三波春夫さんの「お客さまは神様です」という言葉は実に名文句だよね。

歌謡ショーには大仕掛けが登場!

――今年の劇場公演は、まず7月の明治座ですね。
140年もの歴史がある明治座で、これまで公演してなかったのが不思議なくらい(笑)。番組の収録などで明治座の舞台に立ったことはありますし、客席からほかの方の芝居を拝見もしましたけれど、一ヵ月公演は初めてです。まあ東京は新宿コマ劇場でやっていましたからね。今回、やっとご縁ができたのですから、ほかの一座のみなさんとは違う味の芝居をご覧いただこうと燃えています。そうそう、辰五郎の芝居もいいけれど、歌謡ショーは私の本職ですから、聴く歌と、いっしょにうたう歌を、厳選してお送りします。もちろん最後は期待してくださいよ。言うなれば見るうたとでもいいましょうか。なにしろ、フィナーレであの二階席にも接近してしまうような大仕掛けが登場すると、「まつり」の歌を誰も聞いてくれない。見上げて口をあけて見ているだけ(笑)。それを見ている私も楽しいけれどね。今年の大仕掛けは、干支をモチーフにしました。
――その楽しさが若い世代に伝わるといいのですけど。
心配しなくても大丈夫。心がこもっていればちゃんと伝わるから。ただ育った環境は大きく違う。時代の差を感じるのは、俺らが憧れや夢を抱いていた時代にテレビはなかった。今は、その俺らがテレビに出ているけれど、現代に生まれた子供たちは、テレビやパソコンがあるのは当たり前。画像や音を操作して、その延長で音創りや絵創りも簡単にやって、それで自己表現をやったりビジネスをやったりしている。それはそれで素晴らしい。彼らの年代は俺にもあったんだけど、マネはできないよね。そんな時代の若者が、親や祖父に連れられて劇場に来ると、「エッ、サブちゃんってこんなことをやっているんだ!!」と喜んでくれる。こっちが汗を流すのはジャガイモ畑で、彼らが耕すのはパイナップル畑かもしれないけどさ、時代や形が違っても通じる絆もあるんだよ。厳しい世の中だけど、いろんな人との出会い、縁があるから人生は楽しいよね。

――芸道51年目、新たなスタートは、デビュー日6月5日発売の、お師匠さんこと、船村徹さん作曲『職人/おまえのことが…』ですね。
はい。そのお師匠さんにデビュー曲をいただいたときから始まる「演歌ひとすじ」の太い道。ひとすじと意地、見栄みたいに言っているけれど、50年も経つと本当は疲れたと感じるときもあるのよ(笑)。
――10年も前からその言葉を聞いてますから今回も本気とは信じられません!!(笑)。
そうだっけ?(笑)ちょっと弱気になるときがあるとしても、「俺はこの道を歩むために生まれてきたんだろ?」と心に問いかければ、自然に足は明日に向いてしまうんです。とにかく歌手には、これで完成ということがない。もしも、疲れを多少感じたとしても、明治座のお客さまから、北島三郎という幹の根元に多少の肥やしをまいていただけば、もう少し頑張れそうですよ。
――公演を楽しみにしています。
頑張ります!

大江裕 特別インタビュー

インタビュー/音楽ジャーナリスト 湯浅明

1年4ヵ月の休養の後、3月に復帰を果たした大江裕。そんな彼に、師匠の北島三郎は、3月28日発売の新曲『ふる里は いま…』を書き下ろし、今年の劇場公演に出演させる。「のろま大将」と親しみをこめて呼ばれる大江裕が、そのキャラクターを全開する日が近づいてきました。

  

――大江さんが、縁あって北島ファミリーの一員になりました。
北山たけしさんがデビューされたとき、先生がテレビで「たけしは、最後の内弟子だ」と語られたので焦っておりました。でも、ダメでもともとと押しかけたのでございます。運よくファミリーに入れていただきました。すると、間近で接する先生は、よく笑い、冗談もいい、舞台に立つ偉大なお顔とは別人のように優しくてほっといたしました。
――北島さんは、「弟子というより家族感覚かな。弟子は修行させて世に送り出すけど、裕は、俺のところに来たときにすでに知名度があった。持っている素晴らしいものをより磨けというだけ」と語っています。
ありがたくて恐れ多いお言葉です。私はただ北島先生の歌が好きで、3歳の時に『川』などを歌い、幼稚園の卒業アルバムに、「演歌歌手になりたい」と書いておりました。運よく先生のもとで歌手デビューし、張り切っている最中に突然パニック障害になってしまい、全く歌えなくなってしまったのでございます。北島先生をはじめ関係者の皆様にも、なによりお客様にご迷惑をおかけしてしまいました。

――そのとき北島さんが、「俺のそばにいれば怖くないぞ」と声をかけてくれたのですね。
はい。昨年、療養中で引きこもっていた私を大阪と名古屋につれていってくださり、楽屋でご一緒させていただきました。毎日が新しい発見で、とてもよいお薬でございました。特に「森の石松」のお芝居では、早変わりの連続と、1ヵ月の長丁場に疲れをお見せにならない先生の姿に、私が弱音をはいている場合ではないとヒシヒシと感じました。今となると、北島先生のお付きとして過ごせた1年4ヵ月は、本当の意味で歌手・大江裕になるために、私にとりまして必要な時間だったのかもしれません。
――なるほど。
新曲もレッスンをつけていただきました。大阪公演中に、宿泊先のホテルの部屋でピアノに向かい、「発声練習しようか」といって、発症後なかなか声の出ない私と一緒に声を出して下さいました。「今日はここまで」、翌日も「今日はここまで」とやっていただくうちに声が戻ってきました。

――劇場公演ではお芝居にも出演しますよね。北島さんは、「僕も不安ですよ」と笑っていますよ。
はじめてのお芝居は全く不安だらけでございます。北島先生とご一緒するプレッシャーはもちろんありますが、演歌の道を歩いていく私にとりまして、かけがいのない財産となります。でも、不安だらけでございます(笑)。

――――いやいや、お客様は楽しみにしていると思います。
ステージからお客様のお顔を拝見したら、喜びで言葉が出ないと思います。先生のように、心をふるわせることができる歌手を目指して、皆様とともに新たな一歩を踏み出させていただければ嬉しゅうございます。先生のように、心をふるわせることができる歌手を目指します。

  

――頑張ってくださいね。
がんばらせていただきます。恐れ入ります。