「祇園の姉妹」観劇記

~美しさで映える檀、鮮やかな初舞台の剛力~

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久しぶりに大劇場での本格的な商業演劇が楽しめた。11月4日に明治座で開幕した「祇園の姉妹(きょうだい)」(27日千秋楽)は実に初物尽くし。いくつかのその要素が相乗効果を生み出して、五感を刺激する舞台となった。

初物の第一の成果が主役の俳優だ。時は昭和11年、場所が京都は祇園。梅吉、おもちゃという芸妓の姉妹が寄り添って生きている。姉の梅吉を演じるのが檀れい。宝塚歌劇の出身だから舞台経験は豊富なのだが、明治座へは初出演。妹・おもちゃは剛力彩芽。テレビドラマなどで注目された旬の人気女優だが舞台出演が初めてである。檀は舞台活動が25年目、剛力は女優デビューから5年目。このベテランと新進の共演が不思議に思えるくらい、溶け合っていた。

第二は丹野郁弓の演出だ。いわゆる新劇の三大劇団の一つ、劇団民芸の大黒柱。その彼女にとって大劇場での演出、商業演劇の名作の演出は初体験だった。

第三は松平健、山本陽子が重要な役で参加した公演になった成果だ。ともに舞台経験が豊富であり、大劇場で座長として主演を長く続けてきた大物俳優が脇に回った。これほど豪華な配役は初めてではないか。

檀は宝塚時代から美しい娘役だった。その美貌は歴代のトップクラスと言っていい。芸妓を演じる最初の出から幕切れまで、惚れ惚れとする綺麗な顔だちと表情、一幕で4回、二幕で2回披露した魅力的な着物姿はそれだけでも目を奪われた。特に裾引きの和服になると色気が沸き上がる。京阪の旦那衆が座敷に呼びたいと思わせる。その鍵を見せつけた。明治座の広い舞台に映える女優だと認めたい。

姉の梅吉という女は古風な芸妓である。金では転ばない。好きな男には一途。自分は小学校止まりでも可愛い妹には進学させた。やはり芸妓だった亡き母の遺志を継いでいるのだろうか。「あんさん」と叫びながら花道を走り去る場面がある。倒産した木綿問屋の主人、新兵衛に恋の一途。姿を消してしまった男が忘れられない切ない恋心を声に込めていた。骨董屋の聚楽堂に体を迫られる場面がある。着物の裾を直しながら逃げ回る芝居では蛇から逃れるような、いかにも嫌だという顔で演じた。芯が強い女性になるのだった。

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初舞台だという剛力には感心した。驚いた。一幕一場、梅吉の家。さあて、初舞台の最初の出番である。新兵衛の店、古沢商店が倒産したと仲居が飛び込んできた。「朝っぱらからなんの騒ぎですねん」。おもちゃの剛力は浴衣の寝巻姿。大あくびの口元を押さえながら出た剛力の初々しく、可愛く、そして跳ねっ返りの乙女が現れた衝撃。歌舞伎でも現代演劇でも同じなのだが、一番始めの出が大切なのは、その瞬間に役柄の性根を表現しなければならないからだ。京都弁の剛力は第一声から台詞の活舌がいい。大舞台の隅々まで届くような合格点。ここに感心した。

妹のおもちゃはお金こそ全てだと言い切る勘定高い少女である。嘘は平気。男を騙す商売が芸妓だと強弁する。一幕二場。言い寄る男の手を襟元に入れさせる場面がある。思い切った仕種だが、剛力は「男なんてこんな生き物よ」といった分かったような忍び笑いを見せた。体を張って生き抜くしたたかな一面を演じた。二幕一場。おもちゃは一幕で4回、二幕で2回、和装を披露し、この場でワンピースになった。その姿でハイヒールを履いて歩く場面があるが、履き慣れないので不器用にピョコピョコと急ぎ足。笑いを取る芝居が生き生きとしていた。将来が楽しみな若手舞台俳優の誕生と言っていい。

まるで水と油の姉妹。二幕三場が最高の見せ場だった。二人が今の状態、行く末を巡って悪態を付く。口喧嘩になる。長い台詞のやり取りが小気味いいのだった。

丹野の演出も褒めたい。幕開けからテンポが良い間合い、姉妹の性根を明示する役柄のメリハリがあって飽きさせない一場。幕前の芝居には花売りなど昭和初期の風俗を次々と出して、時代にこだわったのが効果的となった。キメ細かい姉妹の仕草も徹底したのだろう。これまでの役柄とは程遠い優男を演じた松平、亭主に去られても凜とした京女の意地を見せた山本。確かな役作りでこの二人が出ると舞台が引き締まり、奥深くなった。

商業演劇とは企業商品とみなした演劇の形態とされるが、目を奪う檀の美しさ、鮮やかな初舞台となった剛力は前進あるのみ、少なくなった女優が座長格の舞台の復権。収穫は少なくない。

(演劇ジャーナリスト・大島幸久)

大島幸久(演劇ジャーナリスト)プロフィール

東京生まれ、団塊の世代。スポーツ新聞(スポーツ報知)で演劇を長く取材に携わり、現在演劇ジャーナリストとして活動中。現代演劇、新劇、宝塚歌劇、ミュージカル、歌舞伎、日本舞踊・・・何でも観ます。
著書には「新・東海道五十三次」「それでも俳優になりたい」。鶴屋南北戯曲賞、芸術祭などの選考委員を歴任。毎日が劇場通い。

“大島幸久の『何でも観てみよう。劇場へ!』” http://mety.org

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